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倉永美沙さんとは?
情熱大陸の内容は?
最近バレエ団を移籍した

2019年12月22日に放送された情熱大陸。バレエダンサー倉永美沙さんの特集でした。現在サンフランシスコバレエ団の最高位であるプリンシパルとして活躍しています。

今回インタビュー中にサンフランシスコで息を吹き返したという話をされていました。番組を見ただけではその部分があまり深堀りされていなくてよくわかりませんでした。

記事を書いているのは…

元劇団四季、テーマパークダンサー。30分のショーから2時間の舞台まで出演回数は5,000回は軽く超えているんじゃないかと思います。レッスンを受けるのが大好きで、ひたすら踊りまくっていました。今もレッスンは継続中でフリーのダンサーとして活動中です。

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kazu

今回は「倉永美沙さんのサンフランシスコバレエ団移籍の理由」がテーマです。

※3分ほどで読み終わる記事です。この記事は倉永美沙さんのインタビューや記事、ダンス動画をご紹介します。

情熱大陸「倉永美沙さん」の内容

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2019年夏、16年在籍したボストンバレエ団から、サンフランシスコバレエ団に移籍した倉永美沙さん。実は、18年前に1度サンフランシスコバレエ団に研修生としてに在籍していました。1年間、研修生として研修期間を過ごしましたが、その後の入団試験で正式契約を勝ち取れなかった過去があります。

そのサンフランシスコバレエ団に2019年、改めて挑戦することに。「全てを投げ打つ覚悟でここに来た」とインタビューで語っていました。

番組ではサンフランシスコバレエ団のデンマーク公演、本拠地サンフランシスコで初めて踊る「くるみ割り人形」、客演で訪れたメキシコに密着していました。

踊りの映像もあり、インタビューは本音をすごく語っている感じがありました。

デンマーク公演では、初日を踊るダンサーのケガで倉永さんが急遽踊ることに。その時のリハーサルを紹介していました。初日に踊るというのはバレエ団の看板を背負うことです。移籍してすぐのダンサーが、初日を踊るというのは、すごくすごく珍しいことです。

そんな実力を持つ彼女がサンフランシスコバレエ団に移籍したことを、「すべてをなげうって」と言っていたり、「バレエダンサーとして死にかけていたところ…、セカンドチャンスをもらった」と話していました。僕はこの部分がとても気になりました。ですが、番組では深堀りされず…。ちょっと疑問が残ってしまいました。

なので、自分で調べてみたいと思います。

バランシンスタイルに苦戦

そもそも、なぜこれほどの実力を持つ倉永さんが18年前にサンフランシスコバレエ団に採用されなかったのか…。

アメリカのバランシンスタイルに最初は馴染めなかったと話しています。バランシンスタイルに関しては下記の記事をどうぞ↓

同じくスーパーバレエダンサーの首藤康之さんとの対談で、その謎が明かされています。

倉永さんは研修時代、サンフランシスコバレエ団でバランシンスタイルに苦労したようです。特にバランシンスタイルを踊りこなすには、まず体型の良さが重要です。これは日本人にとって、なかなかのハードルの高さ…。

バランシンスタイルを体現するダンサーの特徴は、長身で8頭身。倉永さんはひとりで写真に写っているとバランスのとれた体型をしているので長身に見えますが、実際の身長は156cm。バレエダンサーとしてはかなり小さいです。欧米で踊ると一人だけポコッと小さくなってしまうので、群舞で踊るということもかなり苦労されたんじゃないかと思います。

実は僕がいた劇団四季は小さいバレリーナの受け皿になっていました。バレエダンサーという職業は時代に逆行するようですが、体型ですべてが決まってしまいます。身長が小さい場合、よっぽど突出していない限りバレエダンサーになるのは難しいです。そうした経緯もあり、劇団四季では背の小さいバレエダンサーが次のキャリアとしてミュージカルに挑戦していました。

バランシンスタイル本場のバレエ団、ニューヨーク・シティ・バレエ団は長身で8頭身のバレリーナが揃っています。ですが、例外の方もいます。それはバレエ団のトップのランクにいるプリンシパルたち。

世界中のどのバレエ団をみても、プリンシパルの体型は意外にバラバラです。

kazu

体型を凌駕りょうがする技術力、華、表現力があるからだと思います。

倉永さんも同様、背が小さくてもまったく気にならないタイプで、プリンシパルになるべく生まれたと言えます。

バランシンスタイルでは足の使い方がとても細やかで、かなりの技術力が必要です。このテクニックを手に入れるために本拠地であるニューヨーク・シティ・バレエ団付属の「スクール・オブ・アメリカンバレエ」に通ったそうです。

倉永さんはとても強い人だと思いました。自分を追いやったスタイルに正面から向かう決意をし、苦手を克服するために、本拠地に乗り込むなんて本当に、本当に根性があります!!

kazu

この点だけでも、応援したくなります。

テクニックに磨きをかける

そしてその後ボストンバレエ団に入団し、プリンシパルまで昇りつめバレエ団を代表する存在になりました。倉永さんの技術力は、回転し続ける女性の大技「フェッテ」を見ればわかります。↓

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いやいや…。回りすぎ…。スゴすぎ…。

バレエ団を移籍するということはよくありますが、16年も在団して、かつプリンシパルになっているダンサーが他のバレエ団に移籍するということは本当に稀なこと。だからこそ、今回の移籍に大きな謎を感じました…。

ボストンバレエ団での気になるエピソード

「トレーニングマシン」というあだ名がつくくらい、練習熱心な倉永さん。ですが、ボストンバレエ団のプリンシパルとしてしばらくたった頃、レッスンに身が入らない時期があったそうです。昔、どこかのインタビュー記事を読んだ記憶があってすごく覚えているエピソードがあります。

ボストンバレエ団をはじめ世界中のバレエ団は外部からコーチとしていろいろな先生がやってきて、レッスンを担当します。というのもバレエはステップがすべて決まっています。同じ先生にずっと習っていると、マンネリ化してしまいます。それを解消するために外部の先生を招くバレエ団も多いです。ステップの組み合わせを変えるだけで、まったく違う振付になっていきます。

そして倉永さんにとっても外部の先生がターニングポイントとなりました。外部の先生が、倉永さんがダレていた頃に心配して声をかけてくれました。探したらインタビュー記事がありました↓

どんなときでも全力投球を思わせるが、意外にも、そうではなかった時期があるという。

(倉永さん)「ボストン・バレエ団のプリンシパルになって、じつは少しダレていた時期があったんです。毎日のクラスレッスンのとき、男性のディレクターから『あなたはここに寝に来ているつもり?』と注意される日が続くようになりました。それでも私にはその声がまったく響かなかった」

そんな頃、元NYCB(ニューヨーク・シティ・バレエ団)プリンシパルのマーガレット・トレイシーが教えに来ていて、倉永にそっと近寄り静かに語ってくれたという。

(マーガレット)「私も器用だったし、あなたのように適当にレッスンを受けていた時期があったわ。でもあるときバレエミストレス(バレエの指導をする女性)から、30代後半の同年代のプリンシパルを指さして、『あのふたりの何が違うと思う?』って私に聞いてきたの。

ひとりは自分の美貌とスタイルに頼ってあまりレッスンをしない。もうひとりは毎日丹念にレッスンをする。どちらがダンサーとして長生きできると思う?どうしたいかはあなたの選択だけど

(倉永さん)「そのとき鳥肌がたちました。それから私は変わったんです。私のためを思って忠告してくれた彼女に心から感謝しています。あのとき言ってくれてありがとうと、今でも会うたびにお礼を言っています。」

Dancers WEB Magazineより

移籍に関する2つのヒント

ここからは倉永さんの移籍に関して考えてみます。

1、情熱大陸でのエピソード

倉永さんが思い出すと涙がこみ上げてくる演技。それは、バレエ学校の行事で踊っていた無名の少女の演技。目立つ役は与えられていなかったにも関わらず、少女の情熱が伝わってきた。「私もそういうダンサーでありたい」。

2、ダンスのパートナーのアンジェロ・グレコの存在

とても信頼し合っていて、ふたりはベストパートナーなんだと思います。

そのアンジェロ・グレコは2016年にサンフランシスコバレエ団に入団しています。外の公演で共演することはあっても、ボストンとサンフランシスコを本拠地としている二人が一緒に踊る機会はそこまで多くありません。

この2つのヒントを合わせると、きっと倉永さんは自分のベストパフォーマンスを常に出したいと思っていて、そのためにはアンジェロ・グレコの存在が欠かせない、と感じているんだと思います。

バレエ団移籍の理由は?

「バレエダンサーとして死にかけていたところ…、セカンドチャンスをもらった」と語っていた真意…。いくつか挙げてみます。

まず1つ目は、一度挫折を経験したサンフランシスコバレエ団。ずーっと心残りとなっている。
2つ目は、ボストン・バレエ団でやれることはやり尽くしてしまった。
3つ目は、ボストン・バレエ団ではアンジェロ・グレコと踊る機会がほとんどない。そのアンジェロがサンフランシスコバレエ団移籍に口添えしてくれたこと。

そして、僕が一番重要視するのは4つ目。倉永さんはサンフランシスコバレエ団の環境やメンバーをインタビューでとても褒めていました。ボストン・バレエ団という環境ではモチベーションが上がらないってことなのかな、と思いました。何かひとつの要因というよりいろんなネガティブなモノが積み重なっての決断かもしれないですね。

とにかく移籍したことで、ベストパフォーマンスを発揮できるようになった倉永さん。日本を代表するバレリーナとしてこれからも大注目なダンサーです。これからはボストン・バレエ団時代を超えるのびのびとしたパフォーマンスに期待です。

kazu

今回は倉永さんの退団の理由に関して考えてみました。
ありがとうございました。